セヤナーに関する総合的なwiki。SSなども掲載中

自動販売機の下で、親子のセヤナーが物珍しげに五十円玉を突き回していた。
「ナンヤー コレー」
「ピカピカー ヤナー」
五十円玉は、人間の落し物。
飲み物を買おうとしたときに財布から落としてしまい、自動販売機の下に潜り込まれて、拾うのを諦めてしまったものだ。
ごく最近の落し物である五十円玉は、まだ埃も被っておらず、鈍い光沢を放っていた。
「マズイー」
「カタイー クエヘンー」
危険がないことを確認したセヤナーは、食べられるか試してみるが、さすがに硬貨サイズの金属を食べることは叶わない。
味は悪く、硬くてそもそも食べられない。
「オチビー イクデー」
「ヤー……」
生まれて間もないのだろう。好奇心旺盛な子供は鈍く輝く硬貨をオモチャとして欲したようだが、親に急かされてしまう。
この親子は新しい住処を求めて移動中である。食べられるものでもなければ、持っていても荷物になるだけ。本来であれば、子供に限らずオモチャを欲しがるセヤナーが、こうしたなけなしの思慮を働かせているのは、ひとえに子供の生存を優先しているためである。
子を育てる親としての意識が、親セヤナーの背中を押していた。

一組の親子が自動販売機の下から去っていく。
その姿を遠巻きに窺っていた別のセヤナーが、電柱の陰から現れた。
大きさは、先ほどの親子と比べて、親より小さく子よりも大きい。
「ヤー イッタカー」
都市部に住むセヤナーは、僅かな住処と食料を巡って日々縄張り争いを繰り広げている。
この個体も、そうした縄張り争いに敗れ、放浪している身である。
先ほど見かけた親子を遠くから観察していたのも、不用意に接触することで諍いを起こさないためであった。
喧嘩になったら、勝敗を分けるのは主に身体の大きさである。自分よりも大きい個体には関わらない程度の賢さが、このセヤナーにはあった。
「クイモン アラヘンカナー」
そう言って、親子が去った自動販売機の下へ近づいていく。何か残り物でもないか期待しているためだ。
そして、先ほどの親子と同じように五十円玉を見つける。
「ヤー ピカピカー ヤナー」
特に臆することもなく、五十円玉を拾い上げる。
先ほどの親子とは異なり、このセヤナーは既に硬貨の存在を知っていた。
さらに、とても珍しいことに、その価値についてまで知っていた。
「ウチナー オカイモノー ヤナー」
この個体は観察眼に優れているらしい。先ほどの親子を観察していたのと同じように、このセヤナーは様々なものを観察していた。
その中には、人間たちが硬貨を使って食料を取引している光景も含まれていた。
もちろん、取引の詳細についてまで理解しているわけではない。セヤナーの頭の中に、硬貨一枚あたりの価値だとか、食べ物の値段だとか、そういった知識が入っているわけではない。
"ピカピカを渡せばご飯がもらえる"程度の認識が、このセヤナーの今の限界である。
「オタカラー ヤッタゼ」
喜色満面の笑みを湛え、大事そうに硬貨を頭に抱えながら、セヤナーは自動販売機の下から這いずり出ていった。



男は暇を持て余していた。
目を通している新聞は既に三周目だったし、仕事柄煙草を吹かすわけにもいかない。
客が来てくれれば話は別だが、時刻は閉店間際である。常連客は大抵日中に来る。この時間帯に来客があることは滅多になかった。
とはいえ、男は慣れたものである。当然だ。もう二十年以上に渡って続けている仕事である。
誰も来ない店の中、一人で閉店まで時間を潰す。時間になったら店を閉める。それがいつもの工程だった。
今日も誰も来なかった。几帳面に新聞を折りたたみ、いつもの場所に重ねる。全てがいつも通りだった。
そんないつもの静寂を切り裂いて、か細い声が聞こえてきた。
「セーヤ セーヤ」
男は参った。閉店の直前直後の対応は面倒である。対応が長引けばそれだけ閉店作業も遅れる。五分程度作業が前後したところで何か困るわけでもないが、何となく収まりが悪くなるから嫌いだった。
「お客のことを第一に」が親父の口癖だった。家業を継ぐときも口酸っぱく言われていた。しかし、長く働くうちに、既にそれをするほどの熱意が失われていた。
お引取り願おう。そう考えながら男は立ち上がり、店先に出向いた。
「ヤデー ダレカー オランカー」
声の主は店員を探しているのだろう。先ほどよりもはっきりと声が聞こえてくる。
しかし妙なことに、客の姿がまだ見えない。どこか、陰になってしまっているのか。
男は訝しみつつ、やがて往来に身を乗り出す。左右にゆっくり首を振ると、夜の帳が落ちた街中が目に映る。店仕舞いをしている商店、仕事帰りの客を狙って明かりを振りまく居酒屋、まばらに行きかう人と車、どこまでも続いていく夜闇に塗り潰されたブロック塀――雑多な光景だが、これもいつも通りだった。
「気のせいだったのか?」
無意識に零れた問いに、返答があった。
「チガウデー ココヤー」
先ほど聞いた声音と同じ。それは足元から聞こえてきた。
視線を落とすと、そこには桃色の丸みを帯びたシルエット。それがプルプルと震えながら存在を主張していた。
そいつは恐らく、この店始まって以来の客だった。
「ウチナー セヤナー ヤデー」
それは、セヤナーだった。
男の眉間に皺が寄った。野良セヤナーは、野良犬や野良猫と同じく害獣である。作物やゴミを漁り、人家に侵入し、時に病原菌の媒介となる。都市部に暮らす野良セヤナーは、全て駆除対象となっていた。
特に、男の生業は食品を取り扱う。野良の動物は、そのいずれもが脅威となり得る対象だった。
この店では、お客が手にとって品物を確認できるように、多くの商品がケースなどに仕舞われることなく置かれている。それは先代からの伝統であり、昨今害獣対策を考えるべきか憂慮しながらも保留し続けていた。だが、ついにその心配が現実となってしまった。
このセヤナーも、きっと餌を求めてやってきたのだろう。ざっと観察してみると、その姿はやつれているようにも見えた。
殺してしまおう。男は意を決した。同時に、明日には保留し続けてきた害獣対策に着手しようとも心に決める。
幸いなことに、害獣の中では対処が容易なほうだ。動きは遅いし、鋭利な牙や爪も持たず、毒も持たない。大抵の昆虫よりも大きいので、物理的に殺そうとすると少し手間取るが、その程度だ。
さて、問題はどうやって殺すかだが……。
しかし、そんな男の思考は当の害獣によって遮られた。
「ウチナー オカイモノー ゴハンー チョウダイー」
声に釣られて見れば、セヤナーが何かを掲げて示してくる。店の明かりに照らされて、それはキラリと光を照り返した。
今朝、自動販売機の下でセヤナーが拾った五十円玉であった。
「お前、それが何かわかるのか?」
「ヤー? ピカピカー ゴハンー コウカンー」
経緯は不明だが、このセヤナーは買い物の概念を知っているようだった。
「それをどこで手に入れた?」
「メッチャ セマイトコデー ヒロッター」
低く唸りながら男は腕を組む。
セヤナーの言葉を信じるなら、この五十円玉は落し物なのだろう。何らかの拍子に落としたものがどこかへ転がっていってしまい、そのまま見つけられなかったのがこの五十円玉ということだ。
無論、セヤナーが虚偽を言っていて、この金は盗んできたものである可能性もある。とはいえ、それはここで確かめようのないことだ。
セヤナーからこの金を取り上げてしまうことは簡単だ。しかしそうすると、これが暴れだすかもしれない。ここは店先といっても商品が並んでいて、人通りも皆無ではない。いらぬ風聞を生むかもしれない真似は避ける必要がある。
「ウチナー エビフライー タベタイー」
言ってる内容は間抜けだが、セヤナーは必死だ。恐らく、しばらく食事にありつけていないのだろう。
夜の秋風にプルプルと身を震わせる肉塊を、じっと見る。
男は悩んだ。天秤の片方には、退屈と平穏が乗っている。もう片方には、枯れ果ててしまったと思っていた好奇心があった。
世の中には、紛失してしまい、誰にも見つからないまま眠り続けている金があると聞く。自販機の下に潜り込んだままのコイン然り、山中に埋められたままの裏金然り。
男が考えていたのは、そんな眠ったままの金をセヤナーに探させることだった。
この生き物は、大したものを見つけられまい。今日こうして五十円玉を見つけてきたのも、偶然の産物だろう。知識として知るセヤナーに、そこまでの能力はない。多くを期待することはできない。
しかし、燻り始めた男の好奇心は簡単に消えそうになかった。
「ニンゲンサンー エビフライー ハヤクー」
催促されて、決心をつけた。
親父の口癖を思い出す。この、かつてない珍客に対して、親父ならどのように言ったのだろうか。確かめる術はないけれど。
「わかった。飯はやる。けれどエビフライはなしだ」
「ヤー? ナンデー?」
「なんでもなにも、うちは八百屋だ。売るのは野菜だけ」
「セヤカー」
そもそも五十円で買えるエビフライなど知らない。野菜だって同じだ。五十円分となると、高が知れている。初めからセヤナーのほうに選択肢などない。
「セヤッタラ ナニガー アルンヤー?」
「野菜ならなんでもあるぞ。というか、お前は何を食うんだ?」
「エビフライー! マタハー チョコー!」
食べたいものを聞いたわけではない。食べられるものを聞きたかったが、能天気なこの生き物には通じなかった。
仕方がない。適当に見繕ってしまおう。元々、五十円分の選択肢などほとんどないのだから。
「それとお前。飯はやるけど、食べる場所はこっちから指定する」
「ゴハンー クエルナラー エエデー」
「じゃあ、教えるから付いて来い」
「ヤデー」
セヤナーに店先で食事でもされたら客が寄り付かなくなってしまう。食料を持って帰ってもらった場合も、それを見かけた人から商品を盗んだセヤナーと見なされて優先的に駆除されかねない。
考えた結果、与えた食料は店の裏ですぐに食べてもらったほうがいいと思われた。
ちゃんと付いて来てるか、振り返って確かめてみると、「ヤデヤデヤーデ」と鳴き声を上げながらご機嫌な様子でゆっくりと付いて来ている。おおよそ警戒心というものが見受けられなかった。
セヤナーの鈍足に合わせて歩調を緩めながら、店の裏へ向かう。
着いた場所は、表の通りからは目の届かない空間。ここでなら、セヤナーが食事していても問題にならないだろう。
そこに持ってきた野菜を置いていく。といっても、ほとんどが"もやし"だが。
「ほら、ここで食え」
「ヤデー! ウチノー ゴハンヤー!」
「おい待て! 食う前にそれを寄越せ」
「エエデー モウ イラヘンー」
そう言って頭の五十円玉を掲げてくるので、それを受け取る。セヤナーの体液が付着しているようで、硬貨をつまんだ指先に少し湿り気を感じた。この五十円玉は後で綺麗にしなきゃいけないだろう。それと手を洗う必要もありそうだった。
「よし、食っていいぞ」
「イタダキマスー ヤデー!」
よほど飢えていたのだろう。野菜が見る間に貪り食われていく。
小さな身体のどこに入っているのか不思議だが、五十円分の食事は瞬く間にセヤナーの胃袋へ収められていった。完食であった。
「ゲプー ハラー イッパイー」
満腹になり、一回り以上膨れ上がったセヤナーが満足げに呟く。そのタイミングを狙って話しかける。
「なあ、もっと飯を食べたくないか?」
「ヤー? ゴハンー モット クレルンカー?」
「ああ、俺を手伝ってくれたらな」
「セヤナー ニンゲンサンー テツダウー」
食後で気が抜けているのか、今後の食料調達に関わるからなのか、二つ返事で了承を得られた。交渉にすらならなかった。
「さっきみたいに金を――これか、これを持ってきてくれ」
そう言ってセヤナーに見せたのは、百円玉と五百円玉である。
飯を与える約束だが、実際はセヤナーが持ってきた金に見合う分を売るつもりだ。他の客と同じように、男はセヤナーと取引するつもりだった。
とはいえ、全く同じように扱うわけではない。一円玉や五円玉みたいな小銭を大量に持ってこられても対処に困るし、反対にセヤナーにお釣りで小銭を渡すこともしない。セヤナーに大量の小銭を管理できるとは思えないからだ。まさか、財布を持たせるわけにもいくまい。
同様に、紙幣を持ってこられるのも困る。土や泥水に汚れた紙幣など、出所が怪しくて受け取れない。危険を背負いたいわけではないのだ。
そのため、持ってくるよう伝える硬貨を百円玉と五百円玉の二種類に限定させる。五百円玉を拾ってきたほうが、もっと良いものが食えるということも伝える。
「理解できたか?」
「セヤナー」
ここまでのやり取りで実感したが、これは言葉が通じるが、知能がそれほどでもない。それゆえ伝えた内容をきちんと理解できているか大いに不安だったが、元々大して期待していない余興の類だ。上手くいったら儲けものと捉えておいたほうがいいだろう。
持ってくる金以外にも、いくつか約束を交わした。昼には店に来ないこと。来る時は、裏から入ってくること。与えた飯は必ずここで食べること。これらのことは、さすがに確認を徹底した。今後の商売に差し障りかねない。
他にも守らせなきゃいけないことはあるか思案していたが、何か考え付くよりも先にニコニコしながらセヤナーが別れを告げる。
「オッチャン ゴハン アリガトナー マタ クルデー」
感謝の念を告げ、ゆっくりとこちらに背を向けると、そのままずりずりと身体を引きずりながら去っていく。
あの生き物は本当に約束を守ってくれるだろうか。男が期待したように金を見つけてこられるだろうか。そもそも、あの鈍足な生き物が一匹で生きていけるのだろうか。数多の疑問が頭の中に浮かんでは泡のように消えていく。
ついにその背中が夜闇に紛れて見えなくなるまでそれは繰り返されたが、やがて閉店作業のことを思い出した男は、見届けた背中のほうから目を逸らし、店の中へ戻っていった。

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